ZOOMの行方

今週のブログのテーマに迷っていたら,音楽機器の「ズーム」がビデオ会議サービスの「Zoom」を運営するアメリカのZoom Video Communications(ZVC)の販売代理店NECネッツエスアイに対し、商標権侵害行為の差止等を求め東京地裁に訴えた、というニュースが飛び込んでいました。

ビデオ会議サービスの「Zoom」はコロナ禍での在宅勤務増加等に伴い急激に利用者が拡大したサービスです。一方,今回訴えた原告のズームは1963年創業の日本の音楽機器メーカーで東証一部上場企業です。今回は,原告が有する2006年3月31日登録の9類の商標(登録番号4940899号)に基づく権利行使のように思われます。

原告発表の「訴訟提起に関するお知らせ」によると,被告が販売代理店を務めるビデオ会議サービスの提供が行われることによって,原告のカスタマーセンターの電話やメール対応窓口にビデオ会議サービス「Zoom」の問い合わせが殺到し,2020年6月(コロナ禍真っただ中ですね)には,ZVCの決算発表を機に社名の誤認により原告の株価が2日連続ストップ高を記録しその後急落する事態が発生したとのことです。原告としては,昨年来ZVC日本法人に連絡を取って双方が受け入れ可能な解決方法を模索しましたが相手方から誠意ある回答や対応がなかったため,今回の訴訟提起に踏み切ったとのことです。原告は訴訟提起にあたって損害賠償を請求しないそうで,その理由として「当社に金銭的損害倍ないことを示すものではなく,当社登録商標が法的に保護されるべき知的財産であることの確認が訴訟の目的であり,和解金等での解決を排除する姿勢を示すものです。」と説明しています。原告の,自己の商標の価値を守ろという決意と相手方への怒りは相当強いようですね。

相手方もZOOMの商標を38類の「音声会議通信」等で取得済ですが(国際登録1365698),9類についてはカバーしておらず令和2年5月18日付で9類の電子毛通信機械器具などで出願しています(商願2020-061572)。しかし,審査経過を見ると原告商標の存在などを理由に拒絶理由通知がなされ一度代理人が意見書を出していますが,内容が不十分だったようで,引用商標に対する具体的な検討結果の経過状況が分かる書類提出を求められ,提出期限が間もなくのようです。これは,商標法4条1項11号が商標登録を受けることができないものとして「当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」を規定しているためです。つまり,相手方は原告の商標登録によって9類では権利取得が難しくなっているのです。

このニュースを聞いて,アイホンとiPhonの商標問題を思い出しました。インターホン大手のアイホン(名古屋市)は自社の商標「アイホン」が「iPhon」と類似していることについてAppleと協議の結果,2008年に国内でAppleが「iPhon」を使用することを許諾しています。毎年,巨額の使用料を支払っていると思われます。アイホンは自社商標を昭和30年から9類で取得し(登録番号460472号),欠かさず更新登録して自社商標を大切に守ってきていました。

今回の原告とアイホン株式会社は,自社ブランドを守るために商標権を取得し大切に守ってきたことが共通しています。もし,自社ブランドを守るためにきちんと商標を取得し守ってこなかったら,AppleもZVCも世界各国で事業展開に当たり必要な商標を取得していますから,逆にアイホンはAppleから,原告はZVCから自社商品への商標の使用差し止めなどを求められる危険すらありました。

自社商品の商標権取得の大切さを思い知らさせる事件です。今後の訴訟の行方が気になりますね。